HISTORY

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 アパレルやインテリア、グラフィックなどのデザインを手掛けて来たK.R.C.japan(2001年~)は、

『改革の風を 子どもたちに夢を 東北が元気を』のスローガンを掲げ、2011年にカーセクション『KRCmodified』を発足。 

翌2012年に大阪オートメッセでカスタムカー業界に参入、初めてその姿を現すこととなる。

 

そんな初舞台となった大阪オートメッセ2012において、弊社初のデモカーであるRX-7 "閃(HIRAMEKI)"を発表。

600台近いエントリー車輌の中、見事、総合グランプリを獲得するという鮮烈なデビューを果たす。

(その賞金は東北の義援金に充てるなどの支援活動も行っている。)

 

翌年には東京オートサロン2013にも出展し、閃とその兄弟機であるRX-7 02R "絶影(ZETSUEI)"を早くも発表。

続く大阪オートメッセ2013では、それら2台がダブルアワードを受賞するなどその勢いはとどまることなく、翌年の2014年には3号機となるRX-7 "帝(MIKADO)"を発表。

地元、大阪オートメッセでは3年連続の入賞を果たし、同時にアメリカやアジア数カ国からの出展オファーを受け、デビューからわずか2年で海外へも進出。

「FF7』公開記念イベントや、ワイルドスピードでお馴染みのレースウォーズへの参加をはじめ、

あのWekfestやSFオートサロンでは2台のRX-7がダブルアワードを獲得するなど、6年足らずの間に世界で数々の実績を収めている。

 

アメリカでの世界最大のカーショーSEMAshowへの出展は2018年には早くも5度目を終え

中でも、SEMA2018で発表した80スープラのボディキットは多方面で話題となり、KRCにとってはこのスープラが、大きな転機となった。

USA TOYOTAからオファーを受けてのショールームでの展示や、世界中で人気のゲームメーカーZYLGAの、”CSR2”への参戦決定、

そのスープラがスタンスマガジンの表紙を飾るなど、発表から2年と数か月がたった現在も、KRCスープラを取り巻くその他のプロジェクトが進行中である。

2019年には、KRCスープラのデザインをインストールした34GT-Rのボディキットを発表。

ボディメイクを担当したのは、あのカリスマポルシェチューナー、RWB中井氏!!

賛否両論の波紋を生み続けたKRCの独創性を貫く姿勢が、このコラボの実現に繋がった。

そして同年、この34GT-RでEssen Motor Showへ出展、初のヨーロッパ進出も果たした。

現在もストリートで現役である、当時の決して "Superではない” 車輌へのリノベーションにも着手。

現代の感覚でデザインの再構築をするなどの製品開発も精力的に行っている。

また、90年代国産スポーツカーの印象が強いKRCではあるが、身近なミニバンをはじめ、ユーロ車までジャンルを問わず、様々な車種のエアロパーツ開発および製作も行っている。

ジャンルにカテゴライズされない、セオリー無視の奇抜なデザインでありながらもトレンドを抑え、世界中で数々の実績を残しているKRCのNOBUこと”筒井デザイン”

その唯一無二な個性の追求は、2021年現在も続いている。

 

 DESIGNER'S PROFILE 

​Nobutaka Tsutsui

筒井 宣尚

(デザイナー兼K.R.C japan代表取締役)

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1972年8月出生。

幼少期から中世の世界観に興味を持ち空想画を描くなどの美術的才を発揮。

17歳から音楽に興味を抱き、19歳で自身が核となるビジュアル系バンドVoluptuousを結成。

初ライブで怪我人を出すなどの、

過激なパフォーマンスで始まり、早速話題となる。

 

メンバー全てのスタイリングに始まり、詞や曲、演出に至るまでをも全て担当し、

その世界観はすぐさま結果として現れ、結成一年足らずで

大阪、東京、名古屋とその名は全国的に轟き、1993年のワンマンライブでは、

当時で300人を超える動員を見せ、大阪での人気は不動のものとなる。

 

1993年~1995年には、当時のソニーやビクターから発売のオムニバスCD数枚に参加し、

名だたる著名なミュージシャンと共に名を連ね、

その代表曲が収録されている。

数々のレーベルとの話も上がったが、自由奔放に活動するその姿勢から、突如活動を休止する。

その翌年、ジャンルとその姿をガラリと変え、ラウド系バンド4DrassMonkeysを結成。

人気を求めるのではなく、本当にやりたかった曲を表現したいという動機から、その当時の日本ではまだ聴き慣れないエモーショナルなボーカルスタイルで、

音源BLAZE to oneselfを残している。

当時は一般販売はされなかったが、​近年300枚のデッドストックが発売されることとなり、即日ソールドアウト、現在は入手できない。

このアルバムに関しても、海外絡みのオファーがあったがそれらを辞退。事実上、音楽業界を引退することとなる。

一度は芸術や音楽の業界から離れるが、その数年後、たった3万円の資本金で2001年8月、KINDRED COMPANY(K.R.C)を設立し、再びアーティストとしての道を歩み始める。

(後に資本金300万円で法人化)

プリミティブなスタイルのジュエリーを製作販売。

数々のジュエリー雑誌に掲載されたKRC ORIENTALや、NEMESIS等のシルバージュエリーのデザイン製作も自社にて行い、同時期にアパレル業にも事業拡大し、

自社ブランドGODSELECT33と、NEMESISを発信、ミュージシャンや芸人、タレント、格闘家、AV女優などのモニター協力も得て、数々のメディアにも露出。

 

2009年にはインテリア事業にも参入し、数々の家具等のデザインを担当、海外にて製作、輸入販売を行なってきた。後のJ’s CASAである。

そしてそのデザインが、車輌に及び始める。

きっかけは、友人から預かった1台のマッスルカーを乗り回していた筒井が、もっと自分好みのクルマにしたい!と、外装のデザインに着手。

趣味の範囲だった外装デザインとその施工が本格化するのは、2011年の東北の震災後である。

震災から約1年、2012年の2月に、KRC RX-7(閃)が完成。

その初めて造った車輌が大阪オートメッセで総合グランプリを獲得するなど、そこでも特異な才能を発揮している。

そして2012~2021年、当サイトのヒストリーに記す通り、”異端児” KRCmodifiedの歩みは現在も続いている。

KRC JAPAN