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HISTORY

 昨年2021年に発売の【Microsoft社】が誇る世界屈指の人気レースゲーム【FORZA】シリーズ 。
その最新作 【Forza horizon 5 】に登場するスーパーワイドな80スープラや異形のRX-7でKRCjapanを知ったという方は国内でも多いはず。

そんな数々のカーデザインを手掛けて来たのが【NOBUsan】の愛称で知られるKRCjapan代表の筒井。
ジャンルにカテゴライズされないセオリー無視の奇抜なデザインでありながらもトレンドを抑え、いまでは世界規模で知られるまでになった【TsutsuiDesign】。
家具やアパレル、グラフィックなど様々なデザインの経験を経た筒井が、車輌デザインに着目し、カーセクションKRCmodifiedを発足したのが2011年。
そこからわずか1年の制作期間を経て、翌2012年の大阪オートメッセでこの業界に初参入し、エントリー車輌600台の中、KRCにとって初となる製作車輌 【RX-7 閃】が、
見事総合グランプリを獲得するというあまりにも異例で鮮烈なデビューを果たす。

翌年、東京オートサロン2013にも出展、2台目の【RX-7 絶影】を発表。
続く大阪オートメッセ2013では、その2台がアワードを受賞するなどその勢いは止むことなく、翌年の2014年には3台目の【RX-7 帝】を発表。
結果、大阪オートメッセでは初年度のグランプリを含め、3年連続の入賞を果たし、同時期にアメリカやアジア数カ国からのオファーも受けることとなり、
デビューからわずか2年で海外へも進出。

こうして3台のRX-7を手掛けたKRCだが、2台目の【絶影】がこの後、アメリカで活躍し、映画ワイルドスピードでお馴染み、砂漠のレースウォーズや
FF7公開記念イベントにも参加。
そして日本でもハイレベルなカスタムカーイベントとして名高い Wekfest   その発祥の地、本場アメリカでのWekfestにおいても2台のKRC車輌がアワードを獲得するなど、
わずか6年足らずの間に国内外、数々の実績を収めKRCの名を更に世界に広めるに至った。

毎年ラスベガスで開催される、言わずと知れた世界最大のカーショー SEMA への出展は2018年には早くも5度目を終え、
中でもその2018年に発表した80スープラ(mk4supra)のボディキットが話題となり、各方面からのオファーを受け USA TOYOTAショールームへの展示が実現。

国内においてはあのスタンスマガジンでカバーカーを務めるなどの実績も残している。

その他、世界人気のゲームアプリCSR2へもこの80スープラを機にKRC車輌数台が参戦!
そのオープニングトレーラーではリバティーウォークをはじめロケットバニー、HKSなど名だたるメーカー達に名を連ね、KRCのR34 GTRが激走するさまが見られる。

そのKRC R34 GTRのボディキットの発表に伴うエピソードとして、そのフェンダーワークをなんと、あの世界的ポルシェチューナーのRWB中井氏が担当!
ポルシェしか触らないとされる中井氏だが、KRCの世界に向けて独創性を貫く姿勢が評価され、コラボの実現に繋がった。
そんな話題が後押しし、80スープラと二分するKRCjapanのフラッグカーとなったR34だが、同年このR34はヨーロッパ最大のカーショウEMSにも出展、ユーロ進出も果たした。

 2012年の登場以来、風雲児のごとくその奇抜なデザインと派手なプロモーションで、業界を騒がせて来たKRC。 
今後も唯一無二の個性の追求を続け、日本のカスタムカルチャーに貢献したいと考えている。
板金、塗装、足回りに車検、中古車売買も行っているKRCmodifiedでは、上記の実績や経験を活かし国産スポーツカーのみならず、ミニバンをはじめ、ユーロ車まで
様々な車種のリノベーションや、3Dデータによるデザインの考案、製品開発、製作、販売を行っている。

 DESIGNER'S PROFILE 

​Nobutaka Tsutsui

筒井 宣尚

(デザイナー兼K.R.C japan代表取締役)

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1972年8月出生。

幼少期から中世の世界観に興味を持ち空想画を描くなどの美術的才を発揮。

17歳から音楽に興味を抱き、19歳で自身が核となるビジュアル系バンドVoluptuousを結成。

初ライブで怪我人を出すなどの、

過激なパフォーマンスで始まり、早速話題となる。

 

メンバー全てのスタイリングに始まり、詞や曲、演出に至るまでをも全て担当し、

その世界観はすぐさま結果として現れ、結成一年足らずで

大阪、東京、名古屋とその名は全国的に轟き、1993年のワンマンライブでは、

当時で300人を超える動員を見せ、大阪での人気は不動のものとなる。

 

1993年~1995年には、当時のソニーやビクターから発売のオムニバスCD数枚に参加し、

名だたる著名なミュージシャンと共に名を連ね、

その代表曲が収録されている。

数々のレーベルとの話も上がったが、自由奔放に活動するその姿勢から、突如活動を休止する。

その翌年、ジャンルとその姿をガラリと変え、ラウド系バンド4DrassMonkeysを結成。

人気を求めるのではなく、本当にやりたかった曲を表現したいという動機から、その当時の日本ではまだ聴き慣れないエモーショナルなボーカルスタイルで、

音源BLAZE to oneselfを残している。

当時は一般販売はされなかったが、​近年300枚のデッドストックが発売されることとなり、即日ソールドアウト、現在は入手できない。

このアルバムに関しても、海外絡みのオファーがあったがそれらを辞退。事実上、音楽業界を引退することとなる。

一度は芸術や音楽の業界から離れるが、その数年後、たった3万円の資本金で2001年8月、KINDRED COMPANY(K.R.C)を設立し、再びアーティストとしての道を歩み始める。

(後に資本金300万円で法人化)

プリミティブなスタイルのジュエリーを製作販売。

数々のジュエリー雑誌に掲載されたKRC ORIENTALや、NEMESIS等のシルバージュエリーのデザイン製作も自社にて行い、同時期にアパレル業にも事業拡大し、

自社ブランドGODSELECT33と、NEMESISを発信、ミュージシャンや芸人、タレント、格闘家、AV女優などのモニター協力も得て、数々のメディアにも露出。

 

2009年にはインテリア事業にも参入し、数々の家具等のデザインを担当、海外にて製作、輸入販売を行なってきた。後のJ’s CASAである。

そしてそのデザインが、車輌に及び始める。

きっかけは、友人から預かった1台のマッスルカーを乗り回していた筒井が、もっと自分好みのクルマにしたい!と、外装のデザインに着手。

趣味の範囲だった外装デザインとその施工が本格化するのは、2011年の東北の震災後である。

震災から約1年、2012年の2月に、KRC RX-7(閃)が完成。

その初めて造った車輌が大阪オートメッセで総合グランプリを獲得するなど、そこでも特異な才能を発揮している。

そして2012~2021年、当サイトのヒストリーに記す通り、”異端児” KRCmodifiedの歩みは現在も続いている。

KRC JAPAN
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